last updated 1997/07/25
第71話(全130話)
神族(10/10)
やっぱり、西の魔女がいたんだ。頭の片隅でチラリと彼はそう思った。
怯えが伝染したのか、ちょっと青ざめているようにも見えるロボットに、マリカは説明して
あげる。
「野獣って言っても、人であることには違いないわ。自然より科学を大切にするケダック族の
ひとりだったの。だけど、あまりにも力が強く、性格もひときわ狂暴だったために、ケダック
族から追放されてしまったの。それはでも遠い昔の話。あたしはいままでそれを子供たちを躾
けるための作り話だと思ってたわ。良い子にしてないとバアグがさらいに来るぞって、あたし
も小さい時、よくそう言われたわ」
「そんなに恐ろしい奴がぼくたちの旅の先で待ってるってことなの?」
「悪いけど」とパピロ。「だったら、おいらは一緒には行かないよ。だってほら、おいらは森
に帰って空気の粒の大きさとかを調べなきゃならないし」
いつから旅に同行するつもりだったのかは知らないが、パピロは旅をキャンセルすると一同
に申し渡した。
〈ぼくは・・〉
フィンフィンがおずおずと言う。恐怖に体が小刻みに震えはじめている。
〈ぼくは、きみと一緒にいるよ。きみが旅を続けるなら、ぼくも一緒に行く〉
「どうして!」とパピロが騒ぐ。「相手はバァグだよ! フィンフィンを丸かじりにしちゃう
奴だよ! なのにどうしてそんな奴の所へのこのこ出掛けてくの?」
〈ぼくらは愛情と親しみがなければ生きられないからさ〉
「へ?」
〈旅の行く先に、最高の愛情があるような気がするんだよ。フィンクはそういうことに鼻が効
くんだ〉
「その鼻を食べられちゃうかもしれないんだよ!」
〈そんなことにはならない。ぼく、アーバムに質問したんだ。ぼくはここから先もマリカとマ
スターと一緒に旅をしたいんだけど、それでしあわせになれますかって〉
「いつそんなこと訊いたの?」
〈ここへ着いた時、すぐに。そしたら長老さんはぼくにコクンってうなずいてくれたんだよ〉
「確かに」とマリカ、「長老があなたにうなずいてるのは見たわ」
〈だから、ぼくはマリカたちと一緒に行く〉
心へと響くフィンフィンの声を聞いて、マリカとマスターはお互いの顔を見合わせる。どち
らにせよ、アーバムから「旅を続けよ」と言われているのだから、ここで怖じ気付くわけには
いかなかった。旅を中止してしまえば、バアグには近づかずにすむかもしれないが、同時にい
ちばん大切な質問への答えにも近付けないのだ。
肩でひとつ、マリカは大きく息をついた。
「上等だわ」
マリカは無理に不敵な笑みを浮かべる。
「待ってるなら、こっちからちゃんと出向いてあげるわよ。怖い、恐ろしいって尻込みしてた
ら、自分がどんどん小さくなっちゃう」
「おいらのこと言ってるんじゃないよね」とパピロ。
「あなたのことじゃないわ、あたしのことよ。あたしはそういうふうに小さくなって行くのは
嫌なの。怯えて逃げて、背中を丸めて震え上がって、それが安全なんだって自分を言いくるめ
て生きてくなんて、真っ平だわ」
マリカはマスターの肩をバンッと強く叩いた。機械の体だからちっとも痛くはないが、それ
でもピートは萎えそうになっている気持ちをシャンと奮い立たせられる。
マリカはたとえ肩書きを捨てようとも、やはり姫君なのだろう。その言葉で民を鼓舞する能
力を先天的に身につけている。言葉で民衆を動かすことができなければ、王族などつとまらな
いし、逆に、それができるからこそ、王族なのだ。
「マリカとフィンフィンが行くのなら、ぼくだけ尻込みしてるわけには行かないよね、だって
、バアグが待っているのは君たちじゃなく、このぼくなんだもの」
ピートは言った。
女性のアーバムが旅の手土産にと、ローガン・ベリーのお茶を満たした水筒と、ティゼルの
実を満たした麻袋を手渡してくれた。
小屋を出て、広場までくると、来たときよりもずっとそこが広くなっているような気がした
。たぶんそれは、マリカやピートたちの「気」がそれだけ体内に増幅されたせいだろう。体内
の「気」と風景の持つ「気」の対比率が変わり、狭いと感じていた場所が広く感じられるよう
になったのだ。
林立するトーテム・ポールと小屋から出てきて広場に並ぶアーバムたちのやわらかな眼差し
に見送られて、マリカたちは神族の暮らす村を後にしようとする。
道を見渡して、マリカは右へ行こうか、左にしようかと迷った。その決断が怖いから、真っ
すぐ歩こうとしていたマリカだった。
「ひとつ教えよう」
長老の声がした。
「迷った時には風に従いなさい。正しい道を教えてくれる。・・と、この答えは特別サービス
ということにしておこう」
「風に、従え」
それってマスターにってことじゃないよね。
マリカは思うのだが、マスターはマリカに従う決心をしているらしく、先に立って進み出よ
うとはしない。だからマリカは山の頂上を渡ってゆく風をみつめた。指をペロッと嘗めて頭上
に掲げる。
「あっち!」
方向を決めて、マリカは歩きはじめる。マスターとフィンフィンが続く。気が付くといつの
間にかパピロの姿は見えなくなっていた。さっさとひとり森へと帰ったのかもしれない。バア
グを目指して旅するなんて正気の沙汰じゃないと、パピロはきっとマリカたちに見切りをつけ
たのだろう。それはそれで、別にマリカたちは構わなかった。パピロがアーバムの答えに従う
のはむしろ当然だ。神の末裔の指示に逆らって、何か良いことがあるわけはないのだから。
マリカたちは風の進み行く方向へと歩いて行く。
だからもちろん当然なのだけど、一行は追い風の中にいた。
急斜面を下る時に、追い風の中にいるのは、とても進みづらい。気を抜くと風に押されて斜
面を転がり落ちそうになる。風に従う、というのもまた、ひとつの試練なのだな、とマリカも
ピートもフィンフィンも、そう思った・
しかし本当の試練は追い風のごときものではなかった。
追い風だろうと向かい風だろうと、まだひとつの方向に風が吹いている時は、試練などとは
呼ばないのだと、マリカもピートもやがて思い知ることになる。
風に押されるままに、一行が海へと辿り着いた。風は海野彼方へと向けて吹いていた。迷う
ことなくマリカたちは、マリカたちは俄拵えの丸木船を作って、木の葉の帆を張り、海へと乗
り出して行った。風が海へと一同を誘っていた。ならば、その風に従うだけだ。
そして
その海のど真ん中で、彼らは風に裏切られた・・。
(つづく)
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